第九章 新天地・東海大学サッカー部
東海大高輪台高卒業後、藤井は東海大学に進学した。もちろん、幼き頃に抱いたプロサッカー選手になる夢を叶えるため、同大学のサッカー部に入部する。昨今においては大学を経由してプロサッカー選手になる者が増加している傾向であり、自ずとライバルの数も比例する。圧倒的なライバルの数がいる環境に飛び込んだ藤井だが、大学入学直後は自分が思い描いていたスタートを切れなかった。入学直後から現在にかけて、藤井は次のように振り返る。
「個人としては1年目でバリバリ、スタメンで出てやろうと思っていたのですが現実は厳しいものですね。正直まだ、上手くいっていないです。だからといって後悔しているということはなく、トレーニングも続け、大学生活で吸収することも多いので、それこそ最初の方にもお話ししたように筑波大の山内翔や拓殖大の加藤悠馬が結果を出していて正直焦るはありますが、1日1日を大切に過ごして成長していきます。感性ではないのですが、自分からどうすべきか、自己分析する力は身についているので、今何をすべきか、何が足りないか、とかがはっきり分かっているので最終的な目標に向かって日々成長できているなと思っています。」
最終的な目標、”プロサッカー選手”になるためのプロセスは理解し、実行段階であると語る藤井。本稿の前編でも触れているが、藤井はプレーの面以外にも所謂、人間力が長けている選手であるため、物事を俯瞰的に見れる能力も長けているに違いないと筆者は感じている。これまで特筆すべき試合について着目し、藤井に話を尋ねていたが本章では藤井の人間性について触れてみる。
筆者は真っ向から藤井がなぜ人間性が高いのか、普段からどのようなことを心掛けて生活をしているのか訊ねた。これに対し、藤井は次のように答えた。
「常に色々考えています。例えば、ちょっとしたことでも『どういう意味なのか?』と、思ったらまずは感じてみる、そして自分で考える、行動する、など常に感性を磨くようなことは意識しています。感性を磨けば私生活からサッカーにおいてもトラブルが起きてしまった場合にも的確なアドバイス、助言ができると考えています。具体的に話すと毎日サッカーノート兼日記をつけているのですが、毎日ニュースを見たりして当事者意識を持つことを大切にしています。他にも授業中であれば先生の話しの中の言葉がニュースに出てくれば、それに対して興味を持って調べたり、電車の中にある広告で特に多く掲示されているものに対しては、『なんでこの広告は多いのだろう?』と、考えるようにして調べています。」



少し遡るが、中学時代に所属していたヴィッセル神戸伊丹U-15での意識に感化され、藤井は真摯にサッカーに向き合うこととなった。その後、東海大高輪台高進学後は主体的に内面を磨き、感性を磨くことが大事であると気づいて着地したからこそ、普段のプレーにおいても洞察力が冴え渡っていたのではないかと話しを聞いて筆者は感じた。その他にも藤井は意識していることがあり、そもそもなぜこのような姿勢になったのか、さらに語っている。
「後は周囲を見渡すことを徹底しています。例えばマタニティマークを付けている方がいれば率先して席を譲ったり、ゴミが落ちていて近くにゴミ箱があれば捨てようなど、その場面で何をすべきか、何が大切か自分で考えるようになりました。これは高校時代から身についたものなのでピッチ外のところ、ゲームのところでもそういった行動ができたのかと思います。これが人間力に繋がっています。」
藤井の人間力は高校時代に培ったもので、背景には東海大高輪台高サッカー部の監督・川島氏の教えが関わっている。川島氏からサッカーだけではなく、社会に出て通用する人間になるよう強く説かれ、そのためにも感性を磨くことだと話しをされたとのこと。藤井はこの言葉を受け、すぐに行動に移し、それによって自分自身の成長に繋がっていると話している。迅速に行動し、俯瞰して物事を見て、周囲を見渡す力こそ、藤井の人間力の淵源である。
第十章 全国大会予選 ”アミノバイタルカップ参戦”
2020年8月30日、東海大学の全国大会出場に向けて戦いが始まる。大学サッカーにおける全国大会・『#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!』の出場を目指すべく、その予選大会となるアミノバイタルカップ出場を目指し中央学院大学と対戦する。この試合に3-1で勝利し、アミノバイタルカップ出場が決まった。
アミノバイタルカップは藤井を含め全国の大学サッカー部所属選手たちは並々ならぬ想いで戦う。というのも2020年シーズン、新型コロナウイルスの猛威は収まらず、学生サッカーの公式戦は軒並み中止、延期になったりと異例なシーズンだ。プロサッカー選手を目指す学生にとっては常に逆境であり、例年に比べ試合数が少ないが故に自らをアピールする機会が少ないのである。無論、藤井もそのひとりではあるが、この年の逆境はこれだけに留まらない。藤井が所属する東海大学は入学前年度にプロ予備軍がひしめき合う大学サッカーリーグのカテゴリー・関東リーグから降格し、神奈川県大学サッカーリーグ1部リーグを主戦場として戦うこととなっている。これは、東海大高輪台高時代と同じく、プロのスカウトから目が届きにくいカテゴリーであり、少ない試合数の中で常に結果を出し続けなければ注目されにくい状況である。

異例の2020年シーズン。atarimaeniCUPの出場を懸けたアミノバイタルカップが開幕する。関東にある大学サッカー部の内32チーム参加し、それぞれ8グループに分けてトーナメント形式で予選を行い、各グループ2連勝したチームがatarimaeniCUPの出場を懸けた最後の戦いに挑戦できる。8チームに絞られた後、上位5位までに食い込めばatarimaeniCUPに出場できる(※その他、リーグ戦順位上位4チームも出場できるため関東からは計9チーム参加)。
藤井が所属する東海大学の予選トーナメントには関東大学サッカーリーグ1部リーグに所属し、毎年多くのプロサッカー選手を輩出している明治大学が入っており、1回戦で対戦する。対する東海大学は神奈川県大学サッカーリーグ1部リーグ所属と、奇しくも選手権予選準決勝、決勝と同じような構図になっている。下馬評どおりにいけば明治大学が勝利することを予想する方が多いが、東海大学が2得点決め、2対0で勝利をする。続く2回戦も同様に格上である青山学院大学と対戦。1対0で勝利し、東海大学はトーナメントを勝ち抜き、上位8チームに食い込んだ。トーナメント形式の戦いは終わり、ここからは上位5チームに絞られる戦いが始まる。初戦の日本大学戦では敗北を喫するものの、次の桐蔭横浜大学との試合で4対2で勝利し、東海大学は5位決定戦にまわった。この試合に勝利すれば一世一代の快挙と言える、県リーグ所属チームの全国大会出場が決まる。ここまでの4試合の内、藤井は3試合に出場するも出場時間は55分のみと物足りなさを感じる評価である。1ヶ月後に行われる5位決定戦までに藤井は自身が全国でも戦える選手であることをアピールしていくのである。
2020年10月10日、遅れながらもリーグ戦が開幕。藤井は1年生ながら開幕節・横浜商科大学の試合からスタメンに抜擢される。この試合、藤井は得点を決め、続く第二節・松陰大学との試合では5得点を決める活躍を見せて上々の滑り出しを見せた。チームとしても勢いが加速し、アミノバイタルカップ5位決定戦までにリーグ戦は第4節まで消化し、4試合全てに勝利した状態でatarimaeniCUP出場を懸けた最後の戦いを迎えるのである。
2020年11月3日、5位決定戦・立正大学との試合。大事な一戦に藤井は先発として出場する。互角な戦いを見せ、前半はスコアレスで終えるも、後半22分に立正大学が先制。リードされるも、後半28分と31分に東海大学は得点し逆転。この勢いのまま勝利、県リーグながらも全国大会であるatarimaeniCUPの出場権を獲得する快挙を果たした。藤井の得点こそは生まれなかったものの、後半33分まで出場し、自身にとって1番長くプレーした試合となった。アミノバイタルカップを終え、すぐにリーグ戦第5節・6節の戦いとなったが、両試合勝利し東海大学は無敗で優勝。藤井個人の成績においてもリーグ戦全6試合のうち5試合に出場、計8得点を決める活躍を見せ、コンディションが整っている状態で自身初の全国大会に臨む。
リーグ戦を終え約2ヶ月後、atarimaeni CUPに出場するのだ。所謂、プロ予備軍選手がひしめき合うリーグに所属するチームが軒並み参加し、ノックアウト方式であるため、1試合でも負けたらそこで戦いが終わる緊張感のある大会。当然ながらプロのスカウト陣も未来のスター発掘に向け熱視線送る大会であり、藤井は闘志を燃やしていた。全国制覇をするためには4連勝が必須。初戦、鹿屋体育大学との対戦。東海大学にとっては全試合格上相手との戦いが強いられるため、この試合も御多分に洩れず厳しい戦いが予想されている。それでも鹿屋体育大学よりも倍以上のシュートを放ち、結果は3対1で勝利。ここでも強豪チームを撃破する躍進を見せた。藤井はこの試合、後半43分からの出場となり、短い時間ながらも自身初の全国大会出場を果たした。続く2回戦の相手はアミノバイタルカップで戦った明治大学となる。アミノバイタルカップでは勝利を果たしたが、依然格上相手であるが故、下馬評はやはり覆らない相手だ。そして、1度敗北を喫したは明治大学からしても絶対に負けたくない熱い想いを抱いている。ここでは、PK戦までもつれ込む接戦だったが東海大学に軍配が上がり、同一の強豪相手に二連勝は果たす。アミノバイタルカップから含め、次々と強豪チーム相手に勝利した東海大学だが、この時、藤井には焦りを感じていた。この試合を含め、藤井は大会での”焦り”の部分について話す。
「明治大学さんとの試合の時にかぎって出番すらなかったんです。非常に悔しかったです。明治大学さんとの試合はPK戦までもつれ込み、その場面でゴールキーパーとして出場していた史騎がPKを止めて勝利しました。史騎とはライバル関係とかではないのですが、お互いメチャクチャ相談とかし合っていたので、結果を出して活躍しているの見てすごく嬉しかったんです。しかし、時間が経つにつれ悔しい気持ちがメチャクチャ込み上げてきました。」
藤井の同期である佐藤史騎が延長後半終了間際に投入される。PK職人として送り込まれ、期待された通りのシュートセーブを見せ、勝利の貢献度が可視化される。この可視化されたものに対し、藤井は強い焦りを見せる。ヴィッセル神戸伊丹U-15時代で培った心の余裕はこの時に限って持ち合わせていなかった。明治大学戦後、悔しさを胸に藤井は近所の公園で走り込みに励む。いつまでも悔しい気持ちを引きずることはできない、いまの気持ちを昇華させるべく。是が非でも全国大会での出場時間を増やすため、そして全国制覇のために次なる戦い、アミノバイタルカップで唯一敗戦を喫した日本大学との試合に向け前を向く。
第十一章 悲願の全国制覇
明治大学戦から一夜明け、藤井は普段と変わらず練習に打ち込んでいた。昨日まであった悔しさとはおさらばし、次戦に向けて入念に準備をする。悔しさを昇華し、3回戦・日本大学を迎える。指揮官が決めたスターティングラインナップには”18番・藤井一志”が記されていた。そしてこの試合、先制点を叩き込み起用に応えた。後半12分までプレーし、結果は3対2で東海大学の勝利。藤井は自身として、そしてチームとしての雪辱を晴らしたのだ。

「自分がやってきた準備が結果として出てメチャクチャ嬉しかったです。チームに貢献できたのは、どんな時にも怠らず準備をしたからだと思っています。」
悔しさを昇華させるべく早急に練習に打ち込んだ。結果、得たのは全国の舞台でスタメンとして出場、そしてチームに勢いをつけさせる先制点だ。
勝利した東海大学は準決勝に駒を進め、順天堂大学と対戦。1対0で勝利し、藤井はこの試合ではクローザーとして後半45分から出場した。
順天堂大学を撃破し、東海大学は決勝戦まで駒を進め、法政大学と対戦する。決戦の舞台となる西が丘競技場は気温1.1℃、冷たい雨が降り頻る環境と化していた。この日、藤井はベンチスタートとしていつでも試合に出られるよう調整する。後半27分、東海大学の水越陽也が値千金の先制点。その8分後、藤井が全国大会の決勝戦の舞台に投入される。

水越の先制点を守るべく懸命にゴールを守る東海大学。この攻防の際、藤井の頭に”アレ”がよぎる。
「優勝が決まる直前のラストワンプレー。コーナーキックだったので、どうしてもその時に選手権予選決勝戦のことをよぎりました。全く同じシチュエーションだったので、もしこれでやられたらどうしようっていう風に考えてしまい、頭の中が不安になりました。キッカーのボールが選手権と同じで自分の頭を超えて、その瞬間は時間が止まりましたね(笑)。」
試合の締め方について藤井が誰よりも気にしていたであろう。結果的にボールを処理し、そして歓喜の瞬間が訪れる。無数の雨音の中にひっそりと鳴り響く試合終了の笛。東海大学の優勝、そして藤井からすれば東海大高輪台高時代の悲劇を払拭した瞬間を迎えたのだ。

「本当に全国優勝したっていう実感がなく、まさか全国(の舞台で)優勝できると思っていなかったです。すぐには実感が湧かず、終わってからLINEやDMとかで色々な方々から祝福の声をいただいて本当に優勝したんだと実感しました。」
優勝時の心境を語る藤井。自賛をほどほどにし、藤井はさらに語る。
「高校の時のみんな、多分あそこ(選手権予選決勝戦の舞台)で試合を見ていた方々がいまでも応援してくれていると思うので、その人たちの想いに応えられたのかなと思います。どこかで頑張っている方々に勇気と元気を与えられたのかなって思いました。」
優勝した実感が湧いたのは少し時間が経ってからのこと。その瞬間にも自分以外の方に対し目を向けている藤井。藤井の人間力の高さは舞台が変わっても健在であった。
第十二章 目標
改めて藤井の今後の目標について尋ねてみた。そこでは藤井は自身の理想を重ねつつ、
「終始言っていることですが、プロサッカー選手を目指しています。その中でも選手権予選が終わってから、なりたい理想像があり、自分のプレーであったり、自分の行動で多くの方々を元気に、そして希望や夢を与えられるような選手になりたいです。そういう選手になることが第一目標です。
一切のブレがなく、初志貫徹して幼き頃に決めた夢を話す。そんな藤井だがプロサッカー選手になることを前提として、さらにその先についての目標を設定し、それを筆者に披露してくれた。
「第二の目標として、サッカーを引退した後に何らかの形で高校サッカーの素晴らしさ、高校時代の監督・川島先生であったり、東海大高輪台高サッカー部に関わる先生からもらったもの、与えられたものを自分も教員の立場になって、今度は選手に対して刺激を与え続けたいです。そのためにも、いまは大学でサッカーをする傍ら、教員免許を取得できるように日々、勉強に励んでいます。これもいまの目標です。」
人間力の塊と称しても過言ではないだろう。彼が日本を代表する選手になる日もそう遠くはないであろう。藤井一志のプロサッカー選手になるためのエピソードも最終章に突入している。憧憬の念を叶えるべく、今日もトレーニングに励んでいるのであった。
おわりに 読者に向けて
「自分自身、高校時代に選手権決勝戦で味わった悔しさは一生忘れないです。あそこで応援していただいた方々の気持ちも背負って今後も戦い続けます。これからも応援よろしくお願いいたします!!」
東海大学に入学して2年目を迎える藤井。今後も彼の飛躍を追っていく。
筆者:さんご
藤井一志 / Fuji Kazushi

2001年9月30日生まれ。兵庫県西宮市出身。ポジションはFW。幼少期に過ごしたチェコ共和国でサッカーを始める。その後、日本に戻り西宮少年サッカークラブ、ヴィッセル神戸伊丹U-15を経て、東京都港区にある東海大高輪台高校に進学。3年時に主将に就任し、史上初の選手権予選決勝進出に貢献する。高校卒業後、東海大学に進学し、1年生ながらatarimaeniCUPの優勝に貢献。


